アリスズc

 ヤイクは、本人がどう否定しようとも、間違いなくウメの弟子だ。

 それを、エンチェルクはこの旅路で、噛みしめることとなった。

 彼よりももっと長く、彼女はウメの側にいたというのに、ヤイクほどの才能を開花させることは出来なくて。

 豊作を見ても煙を見ても、彼女はそれについて深く掘り下げて考えなかった。

 私は、ウメを守っていればいい。

 彼女の手足になって、走り回っていればいい。

 あの時。

 走り回っている間に、きっとエンチェルクはもっと自分の頭を使えたのだ。

 そして、より賢い人間になれたのだ。

 だが、それを自分でつぶしてきたのだと、ヤイクの近くにいればいるほど分かって来た。

 あれほどの先生が近くにいたというのに、自ら使い走りと護衛で満足していたのだ。

 剣の稽古の合間に、本も読めた。

 何故、もっと貪欲にならなかったのだろう。

 ヤイクと自分は男と女で。

 貴族と平民で。

 何もかも真反対ではあったが、知識や発想という点だけであれば、それほど大きな差もなかったはず。

 この、金色の豊穣を見て──エンチェルクは、初めて悔しいと思った。

 ウメの目を継いだのは、ヤイクなのだ。

 継げたのに。

 少なくとも、継ぐチャンスは何度も何度も彼女の前に転がっていたというのに。

『私は、いつか死ぬのよ』

 昔、ウメがそう言っていた意味が、いま分かった。

 そうだ。

 人は、いつか必ず死ぬ。

 だから、ウメは子株を増やそうとした。

 それが、エンチェルクであり、ヤイクであり、そして──モモだったのだ。

 親株が死んでも、その知識や思想や血が、次へ残るように。

 ヤイクは、知識を継いだ。

 思想や血は、しっかりとモモが継いでいる。

 そのうち、知識も継ぐだろう。

 それに引き換え、エンチェルクは。

 ウメの何も継げず、子も産まなかった。

 私は。

 何をしていたのか。
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