アリスズc

「分かった…下がる」

 テルは言った。

 これまで、ただの一度も引かなかった男が、引くと言った。

 その事実を、エンチェルクは噛みしめる。

 彼が引かなければならないほど、この状況は絶望的なのだ。

 ああ。

 エンチェルクは、目を閉じた。

 別れを。

 心の中で、数多くの人々と別れを言わなければならなかった。

 刀を抜けば、そんなことを考える余裕もないだろう。

 ウメに、モモにキクに。

 そして──テルに。

 彼が、旅を成功させ、素晴らしい太陽になることを、エンチェルクは深く願った。

 自分は、そのための礎となるのだ。

「では…さらばでございます」

 ビッテが、膝を折った。

 彼もまた、テルに最後の別れを覚悟しているのだ。

 同じようにエンチェルクが、膝を折ろうとすると。

「馬鹿か、お前たちは!」

 テルが、叱りつける声を出す。

 その声音に、ビッテが驚くほど。

「勝つために、全力で下がるのだ…いいか、絶対へばるなよ」

 彼は、全員を見まわした。

 ヤイクが、ぞっとしたように肩をそびやかす。

「向こうは、鼠をなぶる猫のように近づいてくる気だな…ありがたいことだ」

 じりじりと距離を詰める集団に、テルは笑った。

 笑ったのだ。

「ビッテルアンダルーソン…距離のあるうちにありったけの矢を射かけろ…全部当てろよ」

 そうしたら。

 テルが、ヤイクを見る。

「後方に全力疾走だ」

 勝つ事を、何一つ諦めていない瞳。

 まだ、別れの言葉を呟くには──早すぎる。
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