アリスズc

 敵を半数ほど削った時。

 エンチェルクが──転倒した。

 テルには、おそろしいほどそれはゆっくりとした映像に見えた。

「エンチェルク!」

 叫んだのは。

 ヤイクだった。

 もはや、呼吸という状態を越え、彼自身の体力も限界を越えているというのに、この男はその名を叫んだのだ。

 残りは、50人ほど。

 彼が考える、ビッテが倒せる上限。

 テルは走るのをやめ、振り返った。

「ビッテ! 行け!」

 叫ぶ。

 自分の武官への、突撃の命令。

 そして、テルはそこに立ったまま、彼が戦う姿を見つめた。

 一人でもビッテが後ろに走らせたら、自分が対処しなければならない。

 だが、そこに立ち続けることによって、彼はより強い男になるのだ。

 それを、テルは信じたのだ。

 ブォンッ!

 剛剣が、風を唸らせた。

 倒れたエンチェルクに剣を突き出す男たちを、ビッテは大きく横に薙ぐ。

 三つの身体が、まとめて真っ二つになった。

 残り全部が、山津波のように二人に押し寄せる。

 テルは、まばたきもしなかった。

 刹那。

「伏せなさい!」

 鋭い声が飛んできた。

 後方から。

 テルは、振り返らなかった。

「ビッテ! 伏せろ!」

 叫びながら、隣のヤイクの首ねっこをひっつかみ、地面に共に倒れこむ。

 ビッテは、テルの声に躊躇なく地面に身を投げ出した。

 これほどの敵を目の前にして、出来ることではない。

 彼もまた、自分を愚鈍に信じている。

 その事実を強く噛みしめるより先に、薄暗い辺りを──雷の雨が降り注いだのだ。

 空を裂く、猛烈な音と光の雷の魔法。

 転がったまま、テルはようやく後方を見た。

 雷の光に、青白く浮かび上がる少女の顔。

 オリフレアだった。
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