アリスズc

 エンチェルクは、血と死体の中にいた。

 ビッテが真っ二つにした死体の上半身が、彼女の上に振ってきたからだ。

 月の男の死体と抱き合うような形で、エンチェルクは空から雷の矢が降り注ぐのを見た。

 反逆者の女のそれとは、段違いの激しい力。

 それを、彼女は茫然と見ていた。

 あの雷に焼かれて死ぬかもしれない。

 そんなことなど、どうでもよかった。

 さっき倒れた時、彼女は終わりだと悟った。

 ひどく足を痛めたと分かったのだ。

 これでは、立ち上がっても走ることは出来ない。

 彼女に出来ることは、一人でも多くの道連れを作ること。

 それだけを、目標としたのだ。

 なのに。

 テルは、即座に走る戦法をやめた。

 それどころか──ビッテを突撃させたのだ。

 彼のことだから、勝算のないことはしない。

 少なくとも、勝つ可能性があると思ったから、ビッテを出したのだ。

 だが。

 そのきっかけは、自分だった。

 テルは。

 太陽の息子は。

 エンチェルクを、見捨てなかった。

 一瞬の迷いもなく。

 ただの、女だ。

 生きて帰ったところで、何の役職も得ることのない、誰からも忘れ去られる女なのである。

 走り続けた方が、勝算は高かったはず。

 ここで彼女を見殺しにしたところで、誰もテルを責めることなどないのに。

 それなのに。

 エンチェルクは、涙を流した。

 自分は、助けるに値すると。

 そう、テルは判断したのだ。

 もしも。

 もしも、この雷の矢が、自分を撃ち殺さなかったのなら。

 生き延びることが出来たのなら。

 彼のつけた値以上の人間に──なりたいと心から思ったのだった。

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