アリスズc

 夜になるというのに、オリフレアは先に出立した。

 この分だと、一番最初に神殿にたどり着くのは、彼女になるだろう。

 テルたちは疲労も深く、エンチェルクの足のこともあったので、それこそ死体のすぐ近くの林で野宿することとなったのだ。

 近場に水はなく、彼女はとりあえず物陰で身を拭き、そして着替えるので精一杯だったようだ。

 そんな、一応身なりを整えたエンチェルクが、テルの前に膝をつく。

「ありがとうございます…我が君」

 凛とした、顔だった。

 これまで、余りまっすぐにテルの顔を見なかった。

 そんな女が、しっかりと彼に顔を向けるのだ。

「礼を言われるようなことなど、していない」

 そんなエンチェルクの態度に、テルは笑った。

 彼女が言った言葉で、十分だったのだ。

 命を賭けることを、そもそもエンチェルクは厭うていなかった。

 テルより先に、ウメに別れの言葉を言って死ぬような女だったのだ。

 だが、今、その目は生気に溢れている。

 生きるのだ。

 彼女は、テルの力となって生きる気になったのだ。

 テルのため──いや、この国のため。

 長かった。

 ここまで、エンチェルクは本当にかたくなな女だった。

 自分の唯一の主はウメだけで、そんな彼女に言われてしょうがなく、この旅に参加したようなもので。

 そんなエンチェルクが、ここで変わった。

 ビッテも、彼の前で膝をつく。

「もう一度、こうして臣下の礼を取れるとは、思ってもみませんでした…我が君」

 彼の目は、「違うのです」と言っていた。

 ヤイクが、そしてエンチェルクが「我が君」と呼ぶから、自分も呼んでいるのではないのだと。

 本当に、そう思っていて呼んでいるのだと、ビッテの目は訴えてくる。

 分かっている。

 そんなことを、疑うことなど必要ない。

 敵の前で、身を投げ出して伏せた男に、どうして疑いなど持とうか。

 剣を持つテルだからこそ、それは痛いほどに分かった。

 ああ。

 これが、本当の臣下を得るということか。

 これが──太陽の道か。

 テルは、強く強くそれをかみ締めたのだった。
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