アリスズc
∞
「悲しい歌と、怖い歌は…いっぱい教えてくれたよね」
コーが、自分の白い髪に触れる。
桃は、そんな彼女を見ていた。
既に、男の連れてきた手勢を、すべてリリューが倒した時。
従兄もまた、見ていた。
斬ろうと思えば、既にすべては終わっていただろう。
それほどに、男は茫然としていたのだから。
だが、リリューも分かっているのだ。
この男との決着は。
コーが、つけなければならないということを。
「でも…コーには、こっちの歌がよかったよ」
夜明けの、歌。
この血なまぐさく殺伐とした空気を撫でるように、コーの唇から溢れだしてくる。
桃が――最初に教えた歌。
「うるさい! おまえもか! エヴ、おまえもか!」
歌は、怒声に引きちぎられる。
知らない名を、男は口にした。
それが、本当の名前なのか。
コーは、首を傾げた。
「コーはコーだよ。エヴって人がいるなら、きっとあそこに置いてきた人」
何かを思い出したかのような、少し悲しそうな声。
思い返したことが、あるのだろうか。
あれほど、毎日楽しそうに歌っていたコーも、その前のつらい日々を、すべて忘れたわけではないのだ。
ただの動物でさえ、逃げ出すような扱い。
エヴというかわいそうな自分を、月の世界に捨てて。
コーは、コーとしてここにいる。
「まだ…すごい歌、知ってるよね?」
彼女は、一歩踏み出した。
だが、男は歌わない。
歌えば、すぐに打ち返されると分かったからだ。
「まだ…あるよね?」
もう一歩、コーが近づくと――男は、ばっと顔を上げた。
怒りの向こうに、決意が見える。
あっと、桃は飛び出そうとしたのだ。
もはや、彼はコーの生け捕りなど考えていない。
彼女を消す気だ、と。
「桃…大丈夫。コーは強くなったから」
なのに、本人が止めるのだ。
いま、コーはここにいる全員の命を背負った。
「歌っておいで…」
ハレもまた――それに同意した。
「悲しい歌と、怖い歌は…いっぱい教えてくれたよね」
コーが、自分の白い髪に触れる。
桃は、そんな彼女を見ていた。
既に、男の連れてきた手勢を、すべてリリューが倒した時。
従兄もまた、見ていた。
斬ろうと思えば、既にすべては終わっていただろう。
それほどに、男は茫然としていたのだから。
だが、リリューも分かっているのだ。
この男との決着は。
コーが、つけなければならないということを。
「でも…コーには、こっちの歌がよかったよ」
夜明けの、歌。
この血なまぐさく殺伐とした空気を撫でるように、コーの唇から溢れだしてくる。
桃が――最初に教えた歌。
「うるさい! おまえもか! エヴ、おまえもか!」
歌は、怒声に引きちぎられる。
知らない名を、男は口にした。
それが、本当の名前なのか。
コーは、首を傾げた。
「コーはコーだよ。エヴって人がいるなら、きっとあそこに置いてきた人」
何かを思い出したかのような、少し悲しそうな声。
思い返したことが、あるのだろうか。
あれほど、毎日楽しそうに歌っていたコーも、その前のつらい日々を、すべて忘れたわけではないのだ。
ただの動物でさえ、逃げ出すような扱い。
エヴというかわいそうな自分を、月の世界に捨てて。
コーは、コーとしてここにいる。
「まだ…すごい歌、知ってるよね?」
彼女は、一歩踏み出した。
だが、男は歌わない。
歌えば、すぐに打ち返されると分かったからだ。
「まだ…あるよね?」
もう一歩、コーが近づくと――男は、ばっと顔を上げた。
怒りの向こうに、決意が見える。
あっと、桃は飛び出そうとしたのだ。
もはや、彼はコーの生け捕りなど考えていない。
彼女を消す気だ、と。
「桃…大丈夫。コーは強くなったから」
なのに、本人が止めるのだ。
いま、コーはここにいる全員の命を背負った。
「歌っておいで…」
ハレもまた――それに同意した。