アリスズc

 儀式の準備は、滞りなく進んでゆく。

 昇る朝日を浴び、それから身を清める。

 編んでいた髪を解かれ、美しい艶を刻まれる。

 無頓着だったテルは、自分の髪も女のもののように綺麗になるのだと、感心したほどだった。

 いくつもの手順を踏み、真昼が近づいてくる。

 ずるずるの赤い衣裳は、髪を切った後の成長に耐え得るもの。

 大人になった後の着替えや、荷物を重そうに抱えた従者を従え、テルは神殿の最奥へと入る。

 思ったより、薄暗いな。

 それが、素直な感想だった。

 窓は一切なく、ただ天井の真ん中が大きく丸くくりぬかれていて、光はそこから入るのみだ。

 真昼の太陽は、穴の真上を通る。

 その光を浴びながら、テルは神官によって髪を切られるのだ。

 荷物の中から美しい布で作られたひとつだけを、しっかりと両手で掴む。

 そして。

 光の差し込む中央へと、膝をつくのだ。

 小刀を持った老いた神官が、恭しく近づいてくる。

 光が――降り注ぐ。

 穴の頂点に、太陽が昇ったのだ。

 髪を、ひとまとめに握られる。

 そして、小刀が。

 さくっと。

 入った。

 それは。

 一瞬のめまい。

 視界がゆがみ、うねり、引き伸ばされる。

 身体の内側から、大きな生き物が外に向かって出ようとしている圧迫感。

 自分の身が、破裂してしまうかと思った。

 そんな全身の内なる暴走と、歪む視界の中で。

 テルは身をひねっていた。

 そうしなければならなかったのだ。

 振り上げられていたのは。

 髪を切った小刀。

 それが。

 自分に向かって振り下ろされようとする。

 立会いの神官らの悲鳴の最中。

 テルは、『それ』を掴んで振り出していた。

 彼が手元に置いておいた──たったひとつの荷物。
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