アリスズc

 ガシャーン!

 石の床を、小刀が転がってゆく。

「な、何をしているのです!」

 取り押さえられる老神官は、何が起きたか分からないように呆然と立ちすくんでいた。

 テルは。

 しりもちをついていた。

 あの、歪んだ視界の中で動いたのだ。

 うまくバランスを、取っている暇などなかった。

 しかし。

 既に、視界は安定していて。

 テルは、一番最初に自分の手を見た。

 大きな褐色の手。

 その手に握られている荷物は──美しい布の袋に包まれた物。

 昨日、テルが無理やりに持ってこさせた、成人した自分への贈り物。

 小刀に切られたのか、袋の一部は裂けていて。

 そこから、美しい黒塗りが垣間見えていた。

 刀だ。

 キクが、成人した自分のために、神殿に届けてくれたものだ。

 届いていると、確信していた。

 もしそうでなければ、自分は弟子として失格だったということだ。

 騒然とする周囲をよそに、テルは着替えを済ませ、そして腰に刀を差した。

 キクがそうしていたように。

 重い、な。

 だが、よろつくことなどない。

 もはや、テルは大人の身体を手に入れたのだ。

「で、殿下! も、申し訳ございませぬ!」

 老神官は、引き立て連れて行かれる。

 誰もが、その事実をうまく受け入れることも出来ないまま、青ざめたままテルに詫びるのだ。

 勿論、詫びて済む問題ではない。

 前代未聞の事件だろう。

 成人の儀式の真っ最中に、神官が太陽の御子を害そうとしたのだから。

 だが。

「そんなことはどうでもいい…それより、案内してもらいたい場所がある」

 テルは、大事件を『そんなこと』として片付けた。

 そうではないかと、想像はしていたのだ。

 それが、当たっただけのことだった。
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