アリスズc

「何やってるのよ!」

 ヤイクと話をしていたテルの元に、オリフレアが飛び込んできた。

 まだ、帰途についていなかったようだ。

 おおかた成長したテルを、一目見てから帰る気だったのだろう。

「反逆者を捕まえただけだ」

 もしも、この神殿で何も起きなかったならば、テルは自分の考えが間違いであったと思ったかもしれない。

 正直なところ、切る前に襲われるかと思っていた。

 だが、違った。

 髪を切った直後のあのめまいの中では、襲われたとしてもとても抵抗できるものではなくて。

 テルが刀を持ち込んでいたからこそ、かろうじてそれで弾き飛ばせたにすぎないのだ。

 伯父の経験から、そのタイミングが一番だと確信していたに違いない。

 旅を失敗して髪を落とした時は、さぞや苦々しい思いだっただろう。

 それを揶揄するかのように、テルはその直後を狙われたのだ。

「神殿に刃を持ち込んで、血で汚さなくてもやり方はあったでしょう?」

 オリフレアの剣幕に、彼は首をすくめた。

「持ち込んでない。神殿の中で受け取っただけだ」

 これは、詭弁だ。

 テルは、最初からそれが刀だと分かっていたが、神官たちはそうではなかったのだ。

 あれほど美しい布に包まれていたため、何かの宝物だろうと勘違いしていたに違いない。

 だからこそ神殿に持ち込まれ、そのままテルに渡したし、彼もまたそれを持って儀式に入ることが出来たのだ。

「大体…分かっていたなら、どうして教えなかったの? 儀式の時に、私が殺されていたかもしれないじゃない」

 屁理屈を踏みつけにし、オリフレアは怒りをあらわにし続ける。

 そこが、どうやら一番の怒りポイントだったらしい。

「優先順位だ…向こうが最初に殺したいのは、俺とハレ。お前を先に殺したら、騒ぎで俺を殺せなくなるかもしれないからな」

 それに。

 ぎゃんぎゃんとわめくオリフレアを見ながら、テルは思った。

 彼女に語ってしまったが最後、余計なことをしでかしかねない。

 それは逆に、彼女を危険にさらすことになるかもしれないのだ。

 ようやく、全てが無事に決着した──そんなテルには、オリフレアの癇癪ですら心地よいものだった。
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