アリスズc

 奇跡の茶番だな。

 それが、テルの感想だった。

 いい意味でも、悪い意味でも。

 イデアメリトスが魔法を独占している今、彼らは望めば簡単に奇跡を起こすことが出来る。

 髪の短さという制約を除けば、それは本当に簡単なことなのだ。

 そして──代々の先祖たちが、こうして人の心を掴んでいたのだと知った。

 その上。

 月の娘の歌声が、加えられたのだ。

 彼女の歌は、非常に分かりやすい結末を見せた。

 木を花で満開にしたのである。

 誰もが、感嘆のため息をあげた。

 おそらく、彼らはみなそれを引き起こしたのを、ハレだと思っているだろう。

 歌の魔法は、知らないだろうから。

 しかし、テルは分かった。

 これが、月の魔法のひとつなのだと。

 母の道と、月の道。

 ハレが太陽の道を必要としない理由は、その辺りなのだろう。

 テルは、憮然とした表情を浮かべていたに違いない。

 正直、この状態を危ぶんでいたのだ。

 ハレがやろうとする方向は、自分の道と相容れないのではないか、と。

 そんな時。

 ひとりの若い神官が、梯子を降りてくるハレの元へと近づき、何かを語り始める。

 少し話を聞いた後、兄はその男を自分の方へと連れて来た。

「ルアラシオイプスマシア道士だよ」

 紹介されると、彼は臣下の礼を取る。

 聞き覚えも、見覚えもない。

 自分たちより、少し年上か──その程度の感想しかなかった。

「その昔…母上に祝福を受けたらしい」

 木の、すぐ側に住む家の息子だったという。

 太陽妃と、刀を持つ従者を一晩泊めたことを、彼は話した。

 母上とキクだ。

 そして、ルアラはこう言うのだ。

「もし許されますならば…私の生まれたばかりの娘に、祝福をお願いできませんか」

 時は、巡るのだ。

 母から子へ、そしてその次の世代へ。

 テルは、この世の覇権を考えていた自分に、おかしさを覚えた。

 どんな策謀も──生まれたばかりの子には、何の役にも立たないというのに。
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