アリスズc

「赤ちゃんだぁ」

 桃は、その小さな姿にどきどきした。

 道場では、いつも自分が一番下のように思えていた。

 勿論、ある程度大きくなって弟弟子たちも出来はしたものの、それでも赤ちゃんと触れ合う機会は、ほとんどなかったのだ。

 まだ本当に小さくて、自分で這うことも出来ない子を、桃は見つめずにいられなかった。

 コーに至っては、落ち着かない視線を隠し切れない。

「伯父は…壮健なのですね」

 ルアラは、複雑な表情でハレと言葉を交わしていた。

 小さい頃一度だけ会ったというが、彼は覚えていないらしい。

 ルアラの伯父の名は──リクパッシェルイル。

 いまもまだ、夕日と一緒に旅をしていることだろう。

「小さいな…」

 テルが、多少嫌そうに赤ん坊を覗きこんできた。

 祝福を頼まれたというが、赤ん坊など抱いたことはないだろう。

 ルアラの妻が、小さな娘を抱き上げ、おずおずとテルへと差し出した。

 大きなテルの手が、赤ん坊を壊してしまいそうで桃の方がハラハラしたが、彼は何とかその身を抱き受ける。

「強い女になれよ」

 額に唇を近づけるようにして、彼はとても彼らしい祝福を与えた。

 美しい女でも、優しい女でもなく、強い女になれと。

 ハレに、これまたぎこちなく受け渡される。

 柔らかいものを扱い慣れていそうに見える彼もまた、その小ささと儚さに戸惑っていた。

 桃は、自分への祝福を想像しようとした。

 産まれてすぐ、彼女はトーに祝福を受けたのだ。

 どんな言葉がかけられたのだろう。

 彼もまた、ぎこちなく桃を抱き上げたのだろうか。

「未来を、切り開けますように」

 ハレの言葉に、ぞくっとした。

 二人とも、娘に送る言葉としては力強いもので。

 女であったとしても、これからのこの国には必要になるのだと。

 そう。

 二人が言った気がしたのだ。
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