アリスズc

 町での買出しが終わるのは、夕刻になった。

 暗くなり始めた、五時を告げる木太鼓。

 人々の仕事は、五時で終わりのようだ。

 ゆったりと帰る大人とは裏腹に。

 少年少女が、大慌てで走り出す。

 桃は、彼らを振り返った。

 これから、習熟場へ行くのだろう。

 売り物のカゴをさげたまま、一日の仕事の疲れも気にせず、駆けて行くその後姿は、愛おしささえ覚える。

「勉強するの?」

 荷物持ちを手伝ってくれていたコーが、子供たちを振り返る。

「そう。みんな知りたいことがいっぱいあるんだろうね」

 桃の先生は、母だった。

 行儀作法から、学問まで。

 身体を使うこと以外は、すべて母から教えられたので、桃は寺子屋には行ったことがない。

「コーも見たい」

 素直な言葉を言われて、はっとした。

 そうだ。

 桃も──見たかったのだ。

 寺子屋があることは、子供の頃から知っていたのに、父のことばかりを気にして、道場と母の勉強をいったりきたりするだけで、一度も見に行かなかった。

 見たい、でも。

 桃は、深い逡巡に駆られた。

 夕暮れだ。

 早く、卿の屋敷に帰らなければ、きっと心配されてしまう。

 分かっているのだが。

 桃の中に芽生えた衝動が、彼女の結い上げた髪の尻尾を引っ張るのだ。

「行こう、桃! 行こう! コーも後で一緒にハレイルーシュリクスに怒られるから!」

 どれほど、情けない顔をしていたのだろう。

 コーが、ハレに怒られてもいいと言うほど。

 母が提案した、寺子屋。

 そこへ、駆けていく子供たち。

「行こう!」

 持っている荷物なんか、重くなかった。

 桃は、懸命に子供たちの後を追ったのだ。

 月が昇ろうとしている、夕暮れの中を。
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