アリスズc

 裕福な商家の老人が、習熟場の先生だった。

 既に店は子に譲り、ありあまる時間を、子供たちの教育に向けている。

 昼は、学校には行けないくらいの中堅の商家の子が。

 夜には、昼間仕事をしてもなお、勉強したいという熱意のある子たちが。

 熱心に、白い粉を指につけ、板に字や式を書き学んでいる。

 桃とコーの見学も、喜んで受け入れてくれた。

 都からの客と聞いて、老人も張り切っているようだ。

 昼間会った、あの油売りの少女の姿も見える。

 コーは、全てが珍しくてしょうがないようだ。

 思えば。

 見た目は、桃より年上の大人の女性ではあるが、彼女は耳から入る言葉しか知らないのだ。

 旅の間、数字は教えはしたが、さすがに文字まで教える余裕はなくて。

 小さい子たちに混じって、文字板を首を傾げながら眺めている。

「私が教えるだけでは、勿体無い子たちも大勢います」

 老人は、教え子を思い浮かべているのか、ため息混じりに遠い目で語る。

「捧櫛の町へ行けば、もっと高度な寺子屋もあるのですが、親が働き手として離さない家も多くてですね」

 10日に一度ほど。

 神殿の町まで、走って通って勉強する子までいるというのだ。

 桃はどれほどのことかと、その子のことを思い浮かべた。

 母の作った、寺子屋制度は成功はしている。

 だが、もっともっと知識を渇望する子たちには、対応しきれていないのだ。

 そういえば。

 母が、何か言っていた。

 きっと、足りなくなってくると。

 人の欲は、とても深い。

 それが、知識という方向であったとしても。

 その道に取り付かれた者には、寺子屋ではきっと足りないだろう。

『もっと勉強したい人はどうするの?』

 母は、思慮深く微笑んだ。

『そうね…そこからは、国の仕事になるかしらね』

 もっと。

 もっと、ちゃんと深く聞いておけばよかった。

 国が、どんな仕事をすればいいのか。

 きっと。

 エンチェルクやヤイクは──知っているのだろう。
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