アリスズc

「気をつけて帰りなさい」

 真っ暗な夜。

 黒い月は、半月より太った姿で子供たちを照らす。

 みな足早に、そして同じ地区の子たちが固まって帰ってゆく。

 誰ひとりとして、空を見上げることはない。

 月を恐れているのだ。

 それでもなお、学びたい心の方が勝っているその背中が、とても愛おしい。

 コーが。

 見送る桃を見ていた。

「歌ってもいい?」

 こういう時の彼女は、歌いたいのだ。

 あの小さな背中たちに、歌ってあげたいと思っている。

「勿論」

 それを、どうして桃が止めよう。

 コーは。

 楽しげに──月の歌を歌った。

 トーも。

 月夜の素晴らしい晩にだけは、この歌を歌っていた。

 今日は、さして素晴らしい月夜ではない。

 だが。

 コーは、子供たちに月は怖いものではないのだと、伝えたかったのかもしれない。

 夜空高く、遠く遠くまで流れる絹糸の歌声。

 誰もが。

 その歌を追うには──空を見上げてしまうのだ。

 真夜中のための。

 月のための歌。

 きっと。

 子どもたちは、今夜は夜を恐れずに家へ帰るだろう。

 桃たちも、帰らなければならなかった。

 恐れがないわけではない。

 それは、夜や月にではなく──心配して待っている人たちに対して、だった。
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