アリスズc

「どう思う?」

 農夫の伯父の家は、空き家だった。

 後継ぎに恵まれず、そのまま主を失ってしまったという。

 だからこそ、その畑は一時的に国に接収され、中季地帯の試験畑として使われているのだ。

 その家を今夜の宿として、テルたちは借りることにしたのだ。

「そうですね…」

 ヤイクは、少々不機嫌な面持ちだった。

 新しい穀物が盗まれているという話は、予想以上に彼にとっては深刻なように見える。

「新しい珍しい穀物…収穫間近なものを盗む…何が目的だと思う?」

 しかし、すぐには答えなかった。

 代わりに、噛み砕いたかのような説明と共に、疑問を投げ返した。

 自分にではない。

 テルは、それにもう慣れていた。

 答えるのは。

「食べるため…ではないですね。そうだとするなら、盗む量が少なすぎます」

 エンチェルクが、思考をゆっくりと回すように、一つの選択肢を消した。

 そう。

 答えるのは彼女。

 誰も口に出して指摘しないが、結果的にはヤイクの良き生徒となっている。

「種を取る…ためでしょうか?」

 その唇が、はっとその言葉を捕まえた。

 ヤイクの唇の端が、それにわずかにだけ反応する。

「新しい穀物の種を必要としているのは、誰か?」

 面倒くさい奴らだ。

 テルは、頭の上を飛び交う問答を、あらぬ方向を見ながら聞いていた。

 直接、お互いを見ることもせず、呼び合うこともせず、独り言の繰り返しのように言葉を投げ合う。

「商人でしょうか? でも…うまくいけば国中に広がる種ですから、取っても価値はないかと」

 エンチェルクの言葉は、疑問の中に沈んだ。

 確かに。

 農民は、ありえないだろう。

 何しろ色の違う穀物だ。

 勝手に栽培すれば、すぐにバレてしまう。

 そんな危険を冒す必要などない。

 商人も、植えられない種など盗んでどうなるのか。

 いや。

 商人なら、利用方法はあるな。

 一瞬。

 テルとヤイクの目があった。
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