アリスズc

「た、頼まれただけなんですよー…ほんとにほんとです」

 ビッテに抑えつけられて悲鳴をあげていたのは──飛脚の男だった。

 二日ほど、テルはその村に滞在していた。

 盗難事件が気になったためだ。

 ビッテとエンチェルクが、交代で畑の夜番をしていた時。

 この男が、網にかかったのである。

「詳しいことは知りませんーあいたたた…言います言います」

 とぼけようとする男は、ビッテに腕をひねられてあっさり陥落した。

 雇い主の商人の名を聞き出す。

 勿論、目的までこの下っ端が、知っているはずもなかった。

「あの、不揃いの盗み方は、何度か別件で盗みに来た跡でしたが…やっぱりまた来ましたね」

 ヤイクのため息が、空へと消える。

「別件と言うことは、それぞれ別の商人が欲しがっているということだな」

「ええ…問題は、その別々の商人から、種がどこへ流れるか、です。違う勢力に行くのか、はたまた…ひとつに集められるのか」

 ヤイクは、そこで言葉を切った。

「おかしな話だな」

 彼の話は、とても奇妙に感じられる。

 ひとつの勢力が欲しがっているだけならば、これほどいくつもの盗難の跡はないはずだ。

 一か所に、依頼すればいいだけ。

 そうすれば、さして怪しまれることもなく盗めただろう。

「たとえば…商人がたくさん集まる会合があったとしましょう」

 ヤイクの言葉は、少々芝居がかっていた。

 さあお立ち合い、と言わんばかりだ。

「勿論、そこで交わされるのは商売の話です。さて、もしその会合で非常に権力のある人間が、ぼそりと『あれ、欲しいなあ』と言ったら…どうなるでしょう?」

 その人間に取り入るべく、商人たちは我れ先にと盗んで献上しようとするだろう。

 他の商人たちを、少しでも速く出し抜いて。

 いや、そんなことが大事なのではない。

 いま。

 ヤイクは、核心を鋭く突いたのだ。

「お前は既に…入り込んだ人間が、権力者の側になっていると考えているのだな」
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