アリスズc

「泥棒退治、ありがとうございました」

 役人と農夫が、翌日旅立とうとするテルたちのところへと見送りにやってきた。

「また来るかもしれん…刈り取りまで、交代で夜番をした方がいい」

 テルの言葉に、二人は顔を見合わせた。

 困惑気味だ。

「そうしたいのは山々なのですが…人手が足りません。明日には、他の穀物の収穫が始まります」

 刈り取りという重労働の後、更に夜番となると、農夫たちも負担が大きいだろう。

「あたしがやろうかね…」

 困っている二人の後ろから、よろよろとした足取りで老婆がやってくる。

「かあさん…何を言ってるんだ」

 農夫が、慌てて母に駆け寄った。

 警備というには、あまりに頼りない身だ。

「盗む奴がきたら、悲鳴をあげればいいだろう? それくらいなら、婆にだって出来るさ」

 身体の衰えの割には、頑固に言い張る。

「あの畑は…この国で一番最初に水入れがあった兄さんの畑だよ。いまは、太陽妃様の畑だ。そこから盗みを働くなんて許せないんだよ」

 二十年ほど前。

 母の伝説は、古くはない。

 ほんの二十年ほど前ならば、この老婆はまだ中年の女性だったろう。

「太陽妃様を、ご存知ですか?」

 言葉を発したのは、ヤイクだった。

 テルが、知りたがっているとでも思ったのだろうか。

 お節介な男だ。

「ええ…奇妙な人だったねぇ」

 老婆は、おおらかに笑った。

 その言葉で十分だ。

 老婆は、本当に母に会った。

 でなければ、この一言は決して出ることはないだろう。

「奇妙な人だったけど…あの年から、この村は変わったんだよ。噂を聞きつけて、息子も帰ってきてくれたし」

 しょぼしょぼと目を細めながら、老婆は農夫の息子を見る。

「そんな大きな恩があるっていうのに…畑の番ひとつ出来ないなんて…太陽妃様に怒られてしまうだろ?」

 母が聞いたら、『怒りませんよ』と言いそうだ。

「そうか…では、畑を頼んだぞ」

 だが。

 頼もしい畑番になりそうだった。

 村中に響き渡る大きな声で、きっと彼女は叫ぶに違いない。

 テルは、そうして──母の道を後にしたのだった。
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