アリスズc

「わぁ」

 久しぶりの都は──大きく、まぶしかった。

 太陽の光、白い石、騒がしい市場、多くの人、行き交う荷馬車の数。

 懐かしい光景なのに、それは桃にはとても新鮮に思えた。

 違う世界を、見てきたからだろう。

 ここを旅立った時と、自分はいろいろ変わったのだ。

「桃、桃、すごい…いっぱい」

 コーは、目まぐるしくあちこちを見るので一生懸命だ。

 ぼーっとしていると、市場の人並みにさらわれてしまいそうなので、桃は慌てて彼女を引っ張り出した。

「町巡りは、今度ゆっくりね」

 とりあえず。

 家に帰ろう。

 桃の、今日の目的はそれだった。

 彼女にとっての家とは、道場の横にある、こじんまりとした建物のこと。

 そこで、女三人で暮らしていた。

 桃と母と、エンチェルク。

 いまは、誰もいないだろう。

 エンチェルクは、テルと一緒に旅に出ている。

 母は、伯母の屋敷に住んでいるはず。

 それでも、一番最初に帰る家は、あの家だ。

 畑と道場のある景色が、桃の心の風景なのだから。

 畑の間の道をゆく。

 コーと並んで歩く。

 建物は、もう遠くに見えている。

 特徴的な形の、平屋の道場。

 この国の、どこの建物にも似ていない。

 腰の刀と、源流は同じもの。

 桃は、走り出したい気持ちを、おさえなければならなかった。

 本当に、帰ってきたのだ。

 全てに、『ただいま』と言ってまわりたい気持ちでいっぱいになる。

 道場は閉まっていたが、それは昼間だから。

 夕方になれば、門下生がやってくるだろう。

 静かな静かな道場の脇を抜けて、桃が家の方に回ると。

 驚いた。

「あら…」

 雑巾を持った──母がいた。
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