アリスズc

 なんで。

 桃は、眉間にしわを寄せてしまった。

 何故、母が家にいるか──という意味ではない。

 なんで、前よりやせてるの?

 ただでさえ、やせているというのに、母は旅の前の記憶よりひとまわり小さくなった気がした。

 それは、非常に彼女を不安にさせはしたのだが。

 桃は、すっと姿勢を正した。

 どんな言葉より、先に言うべき言葉が、母との間にはあるのだと、その骨身に叩きこまれていたのだ。

「ただいま…帰りました」

「おかえりなさい、元気そうで何よりね」

 二人のやりとりを、コーがきょろきょろと見ている。

 母の視線も、彼女へと向けられた。

 ぴくっと、コーも背筋を伸ばす。

「コーと申します、どうぞよろしくお願い致します」

 桃の教えた挨拶を、彼女はただひたすらに律義に守った。

「桃の母で…梅と申します。どうぞよろしくお願い致します」

 たおやかに。

 母は、上品に名乗る。

 桃がどれだけ真似ようとしても、母のうちからにじみ出るこの雰囲気を自分のものにすることは出来ない。

「梅…」

 コーが。

 母の名を、唇に乗せた。

 その瞬間。

 あの母が、一瞬だけ驚いた目をしたのだ。

「梅…あの…」

 とことことコーは、母に近づいた。

「あの…触っても、いい?」

 ぎゅうっと抱き締めれば壊れてしまいそうな母を、一応気遣ってはいるのだろう。

 だが、あの母を前にしてもなお、コーはコーのままだった。
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