アリスズc

「かあさま…」

 掃除が終わり、綺麗に手を洗ってから、桃は母の前に立った。

 コーがいるから、どうしようかと考えはしたものの。

 悪い話ではないし、聞かれてもいいかと思った。

 それよりなにより。

 少しでも早く、母に伝えたかったのだ。

「どうしたの?」

 背の高い自分を、母が見上げる。

「とうさまに、お会いしました」

 伝えるには、少し勇気のいる言葉。

「そう」

 母は、最初からある程度予想はしていたのだろう。

 わずかにも揺れない瞳を、微かに細めるだけだ。

 とうさまは、優しい人です。

 とうさまは、背が高かったです。

 とうさまは、強かったです。

 とうさまは。

 桃の頭に、たくさんの父への感想が溢れていく。

 でも。

 そんな言葉の山々をかき分けて、彼女はひとつだけを引っ張り出した。

 母の、手を取る。

 まっすぐに、母を見る。

「とうさまは…結婚してらっしゃいませんでした」

 細く、少し冷たい母の手を、両手で強く握る。

「………」

 母は、目をそらさなかった。

 何も、言わなかった。

「弟にも会いました。とうさまと本当の親子ではないけれど、慕われているようでした」

 駄目を押す。

 全て、父が準備した茶番だったのだと。

 握った手が、少しだけあたたかくなった。

「馬鹿な人ね…」

 母は、微笑んだ。
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