アリスズc

 都での生活が、少しずつ動き出す。

 桃にとって、母というものは日常の中心に必ず立っている。

 厳しいけれども心の安らかな生活が、そこにはあるのだと、旅に出た後だからこそ、余計に強く感じたのだ。

 コーは、さっそく苦労しているようだった。

 母の厳しい言葉の教育は、桃には覚えのあるもので。

 それが始まると、桃はそそくさと道場へと逃げたり、ハレに頼まれた仕事に出かけたりするのだ。

 道場の主は、現在不在だ。

 また、どこかに出かけたらしい。

 そのおかげで、武の賢者宅は一時期、伯父と桃の母という奇妙な二人暮らしになり、変な噂をまいたとかまかなかったとか。

 既に不在期間は一年近いと、門下生に聞かされて、桃は苦笑した。

 母が、やせたわけだ。

 元々食が細いのに、何かにうちこみ始めると食事を忘れるような人で。

 その辺は、周囲が気をつけなければならないところがあった。

 しかし、エンチェルクはいないし、桃もいない。

 伯母もいなければ、残るはあの無骨な伯父だけ。

 エンチェルクが帰ってくる前に、とにかく母を少し太らせようと、桃は頑張った。

 そんな、コーを交えた女三人の家に、野菜と穀物が届けられる。

「おかえりなさい」

 太陽妃自ら。

 相変わらずの気さくさに、桃は毎度のことながら面喰らってしまう。

 そして。

 彼女は、一人ではなかった。

「お邪魔しますわ」

 太陽妃の後ろから入ってきたのは──ジリアンだったのだ。

「お久しぶりです」

 その姿を、とても嬉しく思った。

 ホックスも、はたかれた甲斐があったというわけだ。

 おかげで、女五人で楽しい昼食会となった。

 家では手狭なので、外の木陰に敷物を敷いて、畑を見ながら楽しく語らう。

 コーは、すぐ太陽妃に気に入られた。

 ジリアンにも、気に入られたようだ。

 おいしい御馳走に陽気になったコーが、最高の歌でお返しをしたのだ。
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