アリスズc

海の町


「おお…」

 桃は、およそ女性らしからぬ驚きの声を上げてしまった。

 峠の上から見えたその景色を、彼女はまったく知らなかったからだ。

 白い建物が数多く立ち並んでいる。

 その白さは途中で切れ──広い広い青に変わる。

「これが…海?」

 生まれて初めて見る海だ。

 海から上がってくる風の匂いさえ、明らかに違っている。

 あれが全て水で、そして塩が含まれているという。

 この国の、数少ない軍港と言っていいだろう。

 それ以外は、外国とのささやかな貿易と、漁業と塩産業か。

 頭の中で、ざっと港町の情報をおさらいする。

 そして何より。

 ここは。

 桃の従兄──リリューの生まれた町。

 ここで、伯母が子を産んだのは、運命的なのかもしれない。

 血は違っていても、兄と同じ地で生まれた子なのだから。

 いざ、港町へ。

 桃が、これまでの疲れも忘れて、峠道を下っていた時。

 随分と綺麗な荷馬車が、後ろから追いついてきた。

 馬が、素晴らしく手入れをされているだけではない。

 荷馬車の幌、御者の衣装や雰囲気、どれもこれも洒落ているのだ。

 逆に言えば、長旅には向いていないように見える。

 ということは、この持ち主は、通常の馬車の他に、この御洒落馬車を持っているということか。

 お金持ちか貴族か。

 すれ違いざま、珍しい装飾を眺めていると。

 荷馬車が、止まった。

 御者の男が、上空を見上げている。

「尾長鷲のオスのようですね…もしかしたら、この峠にメスがいるのかもしれませんよ」

 御者が、幌の中に声をかける。

 あわわわわわ、それは違いますー。

 目ざとい言葉に──桃は慌ててしまったのだった。
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