アリスズc

「キクなら、私の屋敷に滞在していますわ」

 あっさり。

 ロジアは、桃が飛び降りてしまう前に、さっさと伯母の居場所を白状した。

「これで…飛び降りる気は失せたでしょう?」

 をほほほほ。

 に、苦手だなぁ。

 桃は、いやな汗を浮かべながら、彼女を見た。

 伯母は、一体どういう風にロジアと付き合っているのか。

 まあ、伯母のことだから、我が道をゆくがままなのだろう。

 そして、それをこの女性も、さして気にしていないというところか。

 扇は開かれ、無意識に自分の顔半分を隠すように動く。

 きっと、彼女の癖なのだ。

 それは、桃にも分かる。

 火傷の跡を隠したいという、女心の現れか。

 だが、少なくとも今は、それほど気にしているようには思えない。

 でなければ、何がなんでも隠し続けるだろうから。

「この跡が…気になりますの?」

 じっと見たわけではない。

 おそらく、そう聞かれ慣れ過ぎているのだ。

 彼女の心の中では、初対面の人間は、全てこの火傷を気にしていると思っているのか。

「ええ、気になります」

 だから、桃は肯定した。

「それは…二十年前くらいの、あの事件の傷ですか?」

 気にしているのは──こちらの意味で。

 扇の動きが。

 一度、完全に止まった。

「あのキクの姪ですもの…遠く離れたこの地の悲劇も、知っていて当然ですわね」

 はぁ。

 ため息は、後悔の色が深い。

「あの時の私は、ほんの十たらず…そして…愚かなことに浮かれていたのですわ」

 何を、言っているのか。

 桃には、まったく理解できなかったが──その時に出来た火傷であることだけは、間違いないようだった。
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