アリスズc

「次郎だ。正式には、帰ったらダイがつけるだろうから…一時的な呼び名だがな」

 首がすわったばかりという黒髪の赤ん坊を、桃は抱かせてもらった。

「次郎?」

 日本の言葉だろう。

 桃は、その聞き慣れない音の意味は、よく分からなかった。

「日本で、二番目の息子という意味だ」

 さらりと。

 本当に、伯母はさらりとそんなことを言う人なのだ。

 一番目の息子は、リリューがいるから。

 この子は、二番目の息子なのだと。

 当たり前のことを、本当に当たり前にやってのける人。

 時として、それが難しいこともあるというのに。

「そう、次郎…よろしくね」

 ぷくぷくの頬を見て、桃の表情も緩んでしまう。

「桃が来てくれたなら…一緒に都に戻れるな」

 助かった。

 伯母は、正直にそう言う。

「乳をやりながら、刀は抜けないからな…困っていた」

 ああ。

 彼女の言い分を聞きながら、桃は苦笑していた。

 そういう意味の「動けない」ね、と。

 実に、伯母らしい理由だ。

 桃が一緒ならば、少なくとも片方は剣を抜ける。

 そういう意味では、確かに旅は出来そうだ。

「その前に、少し時間をもらっていいですか? 頼まれたことがあって」

 すぐに、彼女と次郎を都へ連れて行きたい気持ちはあるが、桃には一つ仕事があった。

 伯母は、視線だけで続きを促す。

「二十年前のあの襲撃事件で、本当に起きたことを、殿下が少し調べて欲しいと」

 小声で、そして静かに桃はそれを伝えた。

 伯母はまさに、その現場にいたのだ。

 テルの意図としては、彼女の記憶にあるものも聞いてこい、ということなのだろう。

「今更、二十年前の何が知りたいと?」

「本当に、襲撃だけが目的だったのか、と」

 桃と伯母の視線が、まっすぐにぶつかって── 一瞬止まった。
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