アリスズc

「それはそうと…」

 上空の、ソーの心配をしていたら。

 カラディの視線が、桃の腰に注がれているのに気づいた。

 あ。

「エンチェルは…面白いものをさげてるな」

 腰の──刀。

 今日は、ただの見送り程度だったので、大きなマントを着ていなかった。

 要するに、腰のものが丸見えだということ。

「それ…ニホントウだろう?」

 鋭い目だ。

 尾長鷲を見る時より、熱い瞳と言っていい。

「…習っていますから」

 嘘、ではない。

 嘘ではないが、腰から上がる視線が、桃の目にまっすぐにぶつけられた時、両足で強く地面を踏みしめなければならなかった。

「風変わりな道場の、風変わりな剣…でも、俺は知ってるぜ。帯刀を許されるのは、難しいんだろう? ということは、エンチェルは強いのか?」

 この世には。

 心の強い人間がいる。

 その強い視線に、桃は分かった。

 へらへらのらりくらりとしていたのは、カラディの本性を隠していたせいか。

 彼の心の方向が、桃の望まないところにあったとしても、強さだけは見事なものだと思った。

 弱い芯では、飲み込まれてしまいそうだ。

 しゃんと。

 背筋を伸ばす。

「私は、旅に出るために帯刀を許されただけの未熟者です」

 刀の腕が強いなど──どうして思えようか。

 伯母がいてリリューがいて、既に帯刀を許された兄弟子たちもいる。

 彼らに比べれば、腕も心も到底及ぶまい。

 だが、刀を預かるこの身は、人に嘲られてはならない。

 その嘲笑は、伯母を、そして道場を嘲られることになるのだから。

 前の線は決められなくとも、彼女は後ろの線というものを感じていた。

 ここから一歩でも下がったら、刀を持つ資格を失う線。

 だから、桃は踏ん張った。

「堂々たる未熟者だな…はっはっは、その目をしてこそエンチェルだ」

 踏ん張ったその姿は──カラディには、愉快なものに映ったのか。
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