アリスズc

 どうせ、遠からず知られる。

 桃は、覚悟を決めた。

 自分の本名も、伯母との関係も。

 それならば。

 桃は、あえてカラディを振り払わなかった。

 ついてくるままに放置したのだ。

 そして。

「お前…ここに厄介になってるのか?」

 ロジアの屋敷の裏門で足を止めた彼女に、カラディは怪訝な声をあげた。

「ええ、伯母がお世話になっています」

 桃は、彼の方を振り返った。

 どういう顔をしているか、見たかったのだ。

 しかし、彼は空を見上げていた。

 ソーを。

「よく、アレを欲しがらなかったな」

 しみじみとした声。

 ロジアの性質を、よく知っているのだろう。

「欲しがられましたよ」

 真顔で答えると──空から視線が下りてきた。

 桃の、少し困った表情を見ると、彼はニヤニヤした顔になった。

「そうだろ? ここの主人は、珍しいもん好きだぞ。だが、動物には好かれないタチらしくてな」

 言葉は、少し遠い人を語るもの。

 わざとだろう。

 桃に、自分とロジアの関係を気づかれまいとしているのか。

「こんなところにいるんじゃ、エンチェルも苦労するな」

 そのニヤニヤ笑いを。

「私の名前は…エンチェルじゃありません」

 止める時が来た。

 カラディの瞳が、紙一枚ほどの細さになる。

 薄く薄く、まるで桃の言葉を切り分けるように。

「私の名前は…桃です。短いでしょう? 名乗るといつも人に詮索されるので、知り合いの名前を使わせてもらいました」

 好きなだけ、切り分けるといい。

 彼女の名前は、たったの二音。

 いくら切ったところで「も」しか出てきはしないのだ。
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