アリスズc

「へぇ…モモ、ね」

 一歩、カラディは近づいてきた。

 桃は、下がらなかった。

 強さを隠さなくなったこの男に、負けてはならないと思ったのだ。

 自分とは違う強さ。

 それが、いま、目の前で壁のようにそそり立っている。

 逃げたり、よけたりしたくない。

「何で、今更教えてくれるんだ?」

 堂々と、彼女の心を探る目。

 まったく隠そうとしない、赤裸々な不信感だ。

「私は、ここに長く滞在しています。もうしばらく、お邪魔することになるでしょう。町の方とも親しくしていますから、そう遠からずあなたの耳に私の本当の名も入るでしょう」

 心の表面など、探られたところでどうということはない。

 だが、そこから奥には入らせない。

 桃は、目の前に格子を立てた。

 中は見えるし、手も入るだろう。

 しかし、それ以上先には入れない距離を、言葉で作り上げたのだ。

「だから、どうした?」

 格子にかかる手。

「たとえ、本当の名がバレたところで、何が困る? ただ俺に、変な疑いをかけられるだけだろう?」

 顔を、寄せられる。

「それとも何か?」

 息がかかる。

「お前は、俺に疑われたくなかったのか?」

 桃は。

 刀を鞘ごと引き抜き、その柄頭でカラディの顎を突き上げた。

「…っ!」

 舌を噛んだかもしれない、声にならない悲鳴。

「だってあなた…そんな風に、細かいところまでしつこいじゃないですか」

 そのまま、腰に戻す。

 口を手で押さえ、カラディは目を白黒させている。

 しゃべれないなら好都合だった。

「じゃあ」

 彼を、簡単に置き去りにして、屋敷に入ることが出来るのだから。

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