アリスズc

 あーあ。

 やっちゃった。

 だが、桃は残念な気持ちにはならなかった。

 どうせ、いつかはあのカンのいいしつこい男に、疑われただろう。

 夕日が来て、そう遠くなくヤイクもここへ来るのだ。

 疑われないはずがない。

 桃には、毒の使い方がうまく出来るとは思えなかった。

 そういう意味では、彼女は母の血を濃く受け継いだのだろう。

 母は、頭はいいが毒は使わないタチだ。

 柔らかく受け流すか、もしくはまるで剣士のように相手を打ち倒すか。

 伯母は、何にでもガツガツぶつかるが、ぶつかったことなど気にせずに、そのまま突破していってしまう。

 そういう強さより、母の方が桃には合いそうだった。

 ロジアの屋敷の裏門から、表の方へ回ろうとした時。

「きやれ…こっちへきやれ」

 ロジアが衣装が汚れるのも気にせずに、地面に膝をついている姿が見え、足を止めた。

 手を差し伸べているのは、茂みの中。

 茂みはシンと静まりかえり、何もいないかのように見える。

 ああ、ハチか。

 おそらく、そこにはあの山追の子が潜んでいるのだろう。

 残念ながら、ロジアのためには出て来てくれないようだ。

「はぁ…やはり動物には分かってしまうのかのう」

 彼女は座り込んだまま、自分の両手を見つめる。

 そんな時。

 ピューイ。

 ソーが、鳴いた。

 ロジアは──空など見なかった。

 瞬間的に周囲を見回し、すぐに桃を見つけたのだ。

 あ、ありがとう、ソーさん。

 どうにもここへ来て、尾長鷲は桃の象徴と化したようだ。

「趣味の悪い」

 ごほんごほんと咳払いをして、ロジアは立ち上がった。

 衣装の埃を払い、行ってしまおうとする。

「ロジアさん…ちょっとお話出来ますか?」

 そんな背中を。

 桃は、呼びとめなければならなかった。
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