アリスズc

 ハレが、東翼の自分の部屋に戻ると。

 美しい、長い長い尾羽が一本、テーブルの上に置いてあった。

 胸が騒いで、彼がバルコニーへと足早に近づくと。

「こんばんは、ハレイルーシュリクス」

 手すりの上に腰かけて、足をぶらぶらとしている女性がいた。

 また、外から登ってきたようだ。

「そんなところにいないで…お入り」

 嬉しさと苦笑を混ぜながら、ハレが中へ彼女をいざなおうとすると。

「あのね、男の人の部屋で、二人きりになるのは駄目だって言われたの」

 少し残念そうに、コーがため息をつく。

 驚いたのは、ハレだ。

 誰が一体、そんな俗な知識を、彼女に教えたのか。

「ト…お父さんが、駄目だって」

 まだ、トーのことを父と呼ぶのは恥ずかしいようだ。

 慣れないその言葉を、しかし彼女は嬉しそうに口にする。

 額を押さえるのは、ハレだ。

 ああ、そう。

 この世の父親が、娘を嫁に出したくないのと同じように、トーもまた娘同然の彼女に釘を刺したのだ。

「時間はたくさんあるから、焦らずゆっくり考えなさいって」

 そう語る、彼女の声は同じほどゆったりとしている。

 確かに。

 月の魔法を使える者は、無茶な使い方をしなければ、非常に長く生きられるだろう。

 縛られる国もしきたりもない。

 ハレもまた、髪さえ伸ばし続ければ、長く生きることは出来る。

 しかし、彼はしきたりにしばられているのだ。

 テルが死ぬか髪を切る時──自分も髪を切らなければならないのである。

 そういう意味では、ハレの人生は人並みか、ちょっと長い程度のものだ。

 彼らほど、ゆったりしている時間はないというのに。

 けれど。

「でも…ここなら部屋じゃないし…大丈夫だよね?」

 バルコニーの手すりの上。

 ハレに会うことを楽しみに来た女性の、はにかんだ微笑みを見ていると。

「そうだね。大丈夫だよ」

 こんな二人の時間を、とても愛おしく思えてならないのだった。
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