アリスズc

 桃は。

 まだ、毒を吐かれるには、値しない人間。

 夕日にも、ロジアにも手加減されるばかりの、小娘に過ぎないのだ。

 だが。

「夕日様は、既にまつりごとから身を引かれていますから、ロジアさんとの対面は、ただの土産話で済むでしょう」

 それで、すごすごと引き下がれなかった。

「ですが…今度来られる方は、現役です。いえ、おそらくこれから国の中枢で強い影響力を持つ方になります」

 その人が、二十年前のことを知りたいと思うのは、決して酔狂な理由ではない。

 政治的な意図があって、言っているのだ。

 そう、ロジアに突きつけた。

「なあに? モモは、貴族の手先なの?」

 強い言葉で、初めて押した桃は──警戒の毒に触れた。

 これ以上、入ってくるなら毒まみれにするわよ。

 足を引けと、彼女は言っているのだ。

「誰の手先でもありません。ただ、私はこの国で生まれ、この国を愛しているだけです」

 一歩。

 線を強く、踏み越える。

 カラディに一歩踏み越えたように、彼女は毒の議論から逃げなかったのだ。

 ロジアにとって一番の泣き所を、桃は逃さなかった。

 この国を、愛していること。

 それを言葉にすることに、彼女には何らためらいなどない。

 だが、果たしてロジアはどうなのか。

 桃は。

 おそらく異国から来たこの女性に、目盛りのついた尺を突きつけたのだ。

 扇が、ゆっくりと開かれて、ロジアの、口元を、覆った。

 をほほと、小さく、彼女が笑った。

「国を愛するですって? 国にとって庶民など、ただの駒にすぎないのに、何を愚かなことを言っているの?」

 毒と共に。

 初めてロジアという人間の、衣装の裾がめくれた瞬間だった。

 美しい脚に刻まれる、国というものへの憎悪。

 桃は、しっかりとその脚を、目に焼き付けたのだった。

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