アリスズc

 ロジアイーザスラベオリユッカスヘリアカラディ。

 桃の頭の中には、その文字が丸呑みで押し込まれている。

 子供の手を握ったまま、彼女はカラディの隣を見ていた。

 油をたっぷり使って、前髪も横の髪も全て後ろに流している。

 中季地帯の気候にも関わらず、妙に厚着の印象があった。

 その男は、強くテテラを抱きしめた。

 温かく慈しむ目を、彼女に惜しみもなく注いでいる。

 いくつもいくつも優しい言葉をかけ、いたわり、名残惜しそうに離れる。

 次の瞬間。

 その身と顔が、外へ向けられた時。

 視線は、まるで黒い矢のように鋭く、桃へとすっ飛んできた。

 さっきまでのテテラに対する表情など、微塵もそこには残っていない。

 視線の脅威にさらされながらも、踏みとどまった桃を、遅れてカラディが見つける。

「モモ…」

 その表情は、前と違って歓迎していないものだった。

「あら、カラディ…モモを知っているの? たまに、遊びに来てくれるのよ」

 何も知らないテテラが、嬉しそうに話を振る。

「どういう方ですか?」

 男の声だけは優しげに、後方の女性に向けられるが、声と視線は真逆の色を帯びてモモへと向けられていて。

「ロジア様のところのお客様よ」

「ロジアの…?」

 怪訝の復唱は、桃の警戒値を一気に引き上げた。

 彼女に対して、尊敬のない呼び捨て。

 それだけで、十分ではないか。

「ニホントウを腰に差して…遊びに?」

 男は、ぴくりとも笑わなかった。

「護身で刀を習ってるんだとさ。ガチガチの箱入りだから、手ぇ出すなよ、イーザス」

 男の背を、カラディが小突く。

 イーザス。

 これが、イーザス。

 テテラへの愛は惜しみなく。

 それ以外への憎しみもまた──惜しみなく。

 カラディが、この男を引っ張って行ってくれなければ、いつまでもいつまでも睨み続けられていた気がする。

 あの嫌な男に。

 桃は、助けられたのだろうか。
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