アリスズc

「エンチェルク…彼らよ」

 自分を、大事にしない人間は、恐ろしい。

 エンチェルクは、モモに対してそう思ったのではない。

 桃の峰打ちを、躊躇なく腕で受けた男のことだ。

 もし、それが日本刀ではなく、この国の剣であったとしても、防具もない腕一本でどうして止められよう。

 人は、必ず己の身を守ろうとする。

 それを知っているからこそ、桃でさえ不意の拳を食らってしまったのだ。

 エンチェルクは、ぶらんと下がった男の腕を、嫌悪混じりに見つめた。

 これが──異国の人間だと。

 そう、モモが囁いたのだ。

 反射的に、彼女は二人の男を見ていた。

『彼ら』

 どちらか片方ではなく、両方。

 エンチェルクは、二人の顔をしっかりとその目に焼き付けようとしていた。

「モモ…もう二度と関わるな」

 無精ひげの男が、彼女に警告する。

 不思議な警告だった。

 そこに、彼自身の怒りや憎しみはなかったのだ。

 どちらかというと、もう一人の、全て髪を後ろに流した男と関わるな──そう言っているように見えた。

「リリュー兄さん…」

 まだ警戒を解かない身内に、モモがもう一度声をかける。

 そこでようやく、彼は姿勢を正した。

 モモもまた。

 彼らに、何か思うところがあるのだろう。

 リリューが手を出せば、二人を倒すことが出来るだろう。

 彼女は、それを望んでいないのだ。

 たとえ自分の身が、こうして傷つけられたとしても、だ。

「ありがとう…エンチェルク」

 少し落ち着いて来たのか、桃が支える自分に大丈夫だと言う。

 無精ひげの男が。

 こちらを。

 見た。

「エンチェル…ね」

 彼女の名前を、奇妙に呟いた後──もう一人を引っ張って、違う辻へと入っていったのだった。
< 383 / 580 >

この作品をシェア

pagetop