アリスズc

 エンチェルクは──ヤイクと二人きりだった。

 この屋敷の女主人と面会できるよう、キクが渡りをつけてはくれたが、彼女は同席する気もなく、モモも今日は身体を休めた方がいい状態だ。

 リリューが、政治的なものに同席するわけもなく。

 結果的に、二人で待つこととなった。

 この屋敷に来るまでの道すがら、モモはリリューに肩を借りながらも、この町で起きた経緯を話してくれて。

 おそらく最低でも、6人以上の異国人が、この国に入り込んでいる。

 ロジア、イーザス、ラベオリ、ユッカス、ヘリア、カラディ。

 ロジアの名が出た時、エンチェルクは驚いたのだ。

 彼女は、被害者ではないか、と。

 片棒を担いでいる可能性は、あるかもしれないと思っていたが、まさか本人だったとは。

 ひどいことをする。

 言葉の分からない国に異分子を混ぜるには、子供がてっとり早い。

 疑われることも少なく、言葉の吸収も早いからだ。

「特殊な訓練機関が、あるというわけか…なるほど」

 ふと、ヤイクが一人ごちる。

 興味深い声だ。

 こういう声の時は、その制度を吸収したがっているように思えた。

 この国でも、同じものを作ろうとでも考えているのか。

「諜報、密偵、内部調査…軍令府でもやってはいるが、いちいち腰が重いからな軍人どもは」

 異国の虫退治より、よほどそっちの構想を考える方が楽しそうだ。

 その構想が膨らむより先に。

 ノッカーが鳴った。

 ロジアの準備が済み、応接室へ案内するために使用人が来たのだ。

 ヤイクの後ろを歩きながら、エンチェルクは緩やかに深呼吸した。

 扉が、開く。

 火傷の跡以外は、とびきり妖艶な女性が、そこには立っていた。

 そして。

 何故か、あの無精ひげの男──モモが言うところのカラディもいたのだ。

「よぉ…エンチェル」

 開口一番。

 嫌味のように、男は彼女を呼んだ。

 ああ。

 事情は、モモに聞いた。

 どうもそのことを、カラディはネに持っているようだった。
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