アリスズc

「なるほど…」

 ヤイクが、ゆっくりと唇を開いた。

 どんな挨拶より先に、深い息をと共に、その言葉を吐き出したのだ。

「なるほど…もはや、隠す気はない、ということですね」

 ヤイクの言葉が、戦闘態勢に入った。

 それはエンチェルクに感染し、強い緊張を覚える。

 モモの話では、この二人は別々に行動していて、一緒にいるところを見たことがないらしい。

 その二人が。

 揃って、都からの貴族に向かい合っているのだ。

「何のことでしょう? 彼は昔の友人です。都からお客様が来たと聞いて、是非会いたいと言ったので同席しているだけですわ」

 閉じた扇で、口元をおかしそうに歪める女性──ロジア。

「それは失礼。それにしても、見事な言葉を使われる…いやあ、港町のわずかな訛りも愛らしいですな」

 ヤイクが、ざらっと言葉で彼女の肌を逆なでる。

 この国の方でもないのに、よく勉強なさったのですね。

 エンチェルクでさえ、その言葉の中に含まれているものを、痛いほどに感じた。

「それは褒め言葉でしてよ。この町の訛りは、私にとっては愛すべき音ですもの」

 ロジアは、痛い言葉さえ愛そうとしているように見える。

 彼女の悲しみの破片を、エンチェルクが拾い上げようとした時。

 そんな情緒とは、違う道を歩く男が、一歩彼女の方へと進み出た。

「たちの悪い冗談ですな」

 ヤイクだ。

「あの過去を隠しておいて、愛とは!?」

 エンチェルクは、いつでも抜く覚悟を決めた。

 この男は、戦いに来たのだ。

 言葉という、政治家にとって最上の武器を取って、国を守ろうとしている。

「何のことでしょう?」

 存じません。

 ロジアの冷たい反論に。

「そうでしょう…あなたに、あの過去があったことを認めるわけにはいきませんな。もし認めてしまえば、この町との愛も全て嘘になってしまうのですから…しかし」

 ヤイクは、言葉の刃を振りかざす。

「しかし…あなたがどれほど忘れようとしても…」

 応接室の温度が、急激に下がって行く気がした。

「あなたのその火傷の跡が、それを許さないでしょうな」

 古傷を抉る──容赦ない一撃だった。
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