アリスズc
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水。
身体中に、まとわりつく水、水、水。
一瞬、重力の向きが分からなくなる。
夕方の橙色の太陽が、水の中の世界をも黄昏色に塗りつぶすそんな水中で。
リリューは、見た。
海底に並ぶ、おびただしい数の──墓石を。
ああ、ああ。
『どうせ死ぬなら海で死ぬ』
彼の脳を激しく揺さぶる、記憶の言葉。
それが、港町の男たちの口癖。
その願いをかなえるために。
町の人たちは、彼らの墓を海の中に作ったのだ。
勿論、遺体はここに埋まっているわけではない。
しかし、彼らの魂をここで慰めたいと、生き残った人たちはそう思ったのだろう。
港町の人間以外、ほとんど泳げないこの国では、この光景を目に出来る者は少ない。
あの悲劇の日を知っているのは自分たちしかなく、そして、自分たちだけでいいという町の心が、この景色の中にあった。
リリューは。
誰のものとも知らない墓石に、しがみついた。
長い歳月は石を浸食し、彫られていたかもしれない文字さえかき消している。
墓石には小さな貝がつき、小魚が隙間を縫って泳ぐ。
帰って、きました。
リリューは、石に額を押し付ける。
長い間、無沙汰をしました。
町の人の誰ひとり、きちんと思い出せなくとも、誰からも彼自身が覚えられていなくとも。
この水の中こそ、間違いなくリリューの故郷だ。
やっと、彼は故郷に帰りついたのだ。
差したままの定兼が、息を吐いた。
わずかに鍔が揺らいだのだ。
この場所に定兼もまた、何かを思ったのか。
リリューは、こう思った。
私は死んだら。
海になろう。
水。
身体中に、まとわりつく水、水、水。
一瞬、重力の向きが分からなくなる。
夕方の橙色の太陽が、水の中の世界をも黄昏色に塗りつぶすそんな水中で。
リリューは、見た。
海底に並ぶ、おびただしい数の──墓石を。
ああ、ああ。
『どうせ死ぬなら海で死ぬ』
彼の脳を激しく揺さぶる、記憶の言葉。
それが、港町の男たちの口癖。
その願いをかなえるために。
町の人たちは、彼らの墓を海の中に作ったのだ。
勿論、遺体はここに埋まっているわけではない。
しかし、彼らの魂をここで慰めたいと、生き残った人たちはそう思ったのだろう。
港町の人間以外、ほとんど泳げないこの国では、この光景を目に出来る者は少ない。
あの悲劇の日を知っているのは自分たちしかなく、そして、自分たちだけでいいという町の心が、この景色の中にあった。
リリューは。
誰のものとも知らない墓石に、しがみついた。
長い歳月は石を浸食し、彫られていたかもしれない文字さえかき消している。
墓石には小さな貝がつき、小魚が隙間を縫って泳ぐ。
帰って、きました。
リリューは、石に額を押し付ける。
長い間、無沙汰をしました。
町の人の誰ひとり、きちんと思い出せなくとも、誰からも彼自身が覚えられていなくとも。
この水の中こそ、間違いなくリリューの故郷だ。
やっと、彼は故郷に帰りついたのだ。
差したままの定兼が、息を吐いた。
わずかに鍔が揺らいだのだ。
この場所に定兼もまた、何かを思ったのか。
リリューは、こう思った。
私は死んだら。
海になろう。