アリスズc

 エンチェルクは──ヤイクの部屋にいた。

 そうすべきだと、思ったのだ。

 ロジアは、この屋敷に泊って行くように言い、ヤイクもまたそうさせてもらうと答えた。

 敵のド真ん中で、武力の低い男を一人で放っておけるはずがない。

 この時ばかりは。

 ヤイクが、自分に直接話をする男でなくてよかったと思った。

 彼は、エンチェルクに『出て行け』とは言わないからだ。

 殴り合いで、ヤイクが優勢で終わった最初の会合は、陣取り合戦に過ぎない。

 問題は、この空白の時間だ。

 次にどういう手段で来るか、ゆっくり考えられ、準備でき、行動できる時間が、いま彼らにはある。

 結果次第では、命の取り合いもありえる。

「あの女は…」

 彼の声に、どきっとした。

 独り言だ。

 分かっているが、エンチェルクにも聞かせるための言葉なのだろう。

 二人きりであるため、ごまかしようのない事実に、いたたまれない気分になる。

「あの女は…死んだ方がいいかもしれんな」

 そんないたたまれなささえ、簡単に打ち砕くほどの音が、続いてしまった。

 あの女──ロジアのこととしか、考えられない。

 この町の実権を握り、異国と情報のやりとりをしているだろう彼女を殺すというのか。

 驚きながらも、わずかな違和感が、エンチェルクの胸を刺す。

 考えるのよ。

 自分に、そう言った。

 彼の言葉には、短絡的ではない何かが含まれているはずだ。

 この男は。

 それを、エンチェルクに考えさせようとしている。

 だから、あえて言ったのだ。

 難問に夢中になっていて。

 気が付いたら。

 ヤイクは、ベッドで深い眠りに落ちていたのだった。

 感心していいのか呆れていいのか、よく分からない気持ちで、彼女は男を見下ろす。

 こうしていると、ウメのところにやってきた頃の、子供の面影があった。
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