アリスズc

 ヤイクが家督を継いで貴族となるまで、エンチェルクはほとんど毎日、彼と顔を突き合わせていた。

 口達者でマセていて、そして彼女とはほとんど話をしない貴族の坊ちゃん。

 そんな子供に、ウメは容赦なかった。

 血筋も将来のことも、何ひとつ考慮に入れず、媚びもせず、多くの知識を見せ、そして考えさせた。

 対してヤイクは、文句も言うし不平も言うし、怒りが沸点に達し、貴族的にウメを罰そうとしかけたことさえあった。

『全て、あなたのおっしゃる通りです、という取り巻きだけでよいというのならば、どうぞおうちへお帰りなさい』

 彼女の、あの強さは一体どうしたら習得できるのだろう。

 エンチェルクは、ようやく自分の国を愛すという種から芽が出たばかり。

 水と光と栄養を与えて、この芽を大樹に育てなければならない。

『あなたに何が出来るか、ではなく…この国と国民に何が必要か、が最初ですよ』

 ヤイクが奇抜な提案を持ってくる度に、ウメは読み終えた後にそう諭していた。

 そして、ついに貴族の坊ちゃんは──町に出た。

 それが、彼なりに出した答えだったのだ。

 貴族というしがらみを踏み越えるのに、この男はどれほど葛藤したことだろう。

 そしていまなお、自尊心と誇りも捨てないまま、誰よりも庶民を知る貴族となったのだ。

 適材適所で人を使い、一旦任せると決めたら信じきる。

 そんな男であることは、あの長い旅路で知ったではないか。

 いま。

 いま、ヤイクがぐっすりと敵地で眠っているのは。

 護衛という点について、エンチェルクに全権を任せたということだ。

 言葉にはされないが、そういうことなのだ。

『あの女は…死んだ方がいいかもしれんな』

 そんな男が、こう言った。

 これを解くカギは。

 きっと。

 エンチェルクが、この男の適所である政治の判断を、全て信じるところから始めなければ。

 そうでなければ。

 間違う気が、した。
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