アリスズc

 黒い月が丸々と太った満月の夜。

 みな、その夜が選ばれるだろうと、分かっていた。

 リリューが敵でも、そうする。

 満月の町は、静まり返る。

 誰も外へは出ようとしない夜は、悪さをするにはうってつけだ。

 リリューは、最初からヤイクの部屋にいた。

 昼間にたっぷり眠っていた貴族は、ぴくりと反応した彼の動きを見る。

 リリューは、廊下に人気がなくなってからずっと、部屋の扉を開け放していた。

 穏やかに流れていた気が、いまたわんだのだ。

 すっと廊下に出ると。

 母の部屋からも、半身が出ていた。

 背格好からしてモモだろう。

 今回。

 リリューの最大の仕事は、無防備なヤイクを守ること。

 彼から離れてはならない。

 代わりに。

 母とモモが、最前線で立つことになる。

 何の心配もいらない。

 定兼を持たずとも、母の腕が翳ることはなく、実戦を踏んできたモモについても、心配するのは失礼な話だろう。

 ただ。

 この世界の流れを、変えることが出来る男の数と変わらぬほど、女もいるのだと。

 母や伯母や従妹、エンチェルクを見ると思えてならない。

 リリューは入口から戻り、窓辺へと移動する。

 次の刹那。

 同時にいくつもの硝子が、砕け散る音が響き渡った。

 一人だなんて、思ってもいない。

 お行儀よく、みな玄関から入ってくるとも、思ってもいない。

 部屋の場所は、全て相手は熟知済みで、奇襲から挟み打ちにかけられることなど、想定済みだった。

 窓から飛びこむ四つの影を、リリューは即座に八つに分けた。

 どこからも。

 悲鳴ひとつ──聞こえなかった。
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