アリスズc

 部屋の窓が割れる。

 桃は、振り返らなかった。

 そこには、伯母がいるからだ。

 彼女は、玄関から上がってくる敵の相手が仕事だった。

 しかし。

 気配を消してさえいないにも関わらず、まったく階段を上ってくる様子がない。

 何を、しているのか。

 窓から飛び込んだ連中に追いたてられて、玄関に逃げてくるのでも待っているのだろうか。

「な、何事ですの?」

 ぞわっとした。

 階下から、女性の声が聞こえたのだ。

 二階の硝子が割れたことに驚いて、使用人が出て来てしまったのだ。

 あっ!

 桃は、部屋を飛び出していた。

 階段に向かい、駆け降りようとした瞬間。

 どぉんと大きな、音がした。

 その音と比べると、信じられないほど軽い音を立てて、人が倒れた。

 鼻をつく、金属の焼けるような苦い匂い。

 な、に?

 玄関には、男が三人立っている。

 三つの赤い小さな火を、それぞれ口の辺りにくわえているように見えた。

 その火のひとつが。

 階段の上の桃を見つけたように動く。

 赤い火が。

 ひとつ増えた。

 チリチリと、踊るように燃える炎。

 その火が。

 弧を。

 描いた。

 桃に向かって。

「桃!!!」

 身体が、物凄い力によって廊下へと引っ張り戻される。

 窓からの襲撃を、片づけ終えた伯母のおかげだった。

 ドォン!

 階段の途中あたりで、物凄い音が響き渡る。

 猛烈な風と何かの破片が、桃の真横をすっ飛んで行く。

 魔法?

 彼女の知るものの中で、一番近いものが、それだった。
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