アリスズc

 バルコニーから歌声で呼ばれて、ハレははっと顔を上げた。

 夜にも映える、白い髪。

 身体は、ますますしなやかに磨きをかけられていく。

 トーの教育の元にいる彼女は、二階や屋根の上などものともしない。

 空に境界がないように、彼らが本気になればこの宮殿の警備など、簡単に抜けてくるのだ。

「こんばんは、ハレイルーシュリクス」

 硝子戸を開けると、彼女は踏み込んでくることなく微笑む。

 中に入るのを、トーに釘を刺されているからだ。

 今日は少し風があって。

 開けると、部屋にさっと風が吹き込んできた。

 それは、ハレの机の上の紙を跳ね上げさせ、はらはらと床に落ちる。

「お勉強?」

 そんな紙の踊りを、彼の肩越しに覗きこみながら、コーは興味深そうに目をくりくりさせた。

 これは、ウメのおかげだろう。

 彼女は、勉強を好きになったようだ。

 コーは、言葉を覚えるのに天性の才能がある。

 だから、理論だてて言葉で飲み込ませると、おもしろいほど飲み込むという。

 母である太陽妃からも、人の語った言葉をいつでも辞典のように引っ張り出してくると聞いた。

 生きる辞典。

「勉強じゃなくて…提案書だよ」

 傍らには、文献やウメに贈られた本。

 それらを参考にしながら、テルへの提案書を作成していたのだ。

「学校を中心とした、町を作ろうと思ってね」

 弟と話した時に出たその計画を、ハレが書き起こしているのだ。

「町? 町を新しく作るの!?」

 コーは、町が出来る瞬間を知らないと言い、とても興味深そうに身を乗り出す。

 それは、ハレも一緒だ。

 一般の学問と、各種技術の専門家を養成する町。

 基金を設立し、新たに生まれた知識や技術を、国に売ることで自立する町を作るのだ。

 その熱い思いを、ありったけコーに伝えたかった。

 しかし、ここはバルコニー。

 長い間、語り合うには余り向かない場所だ。

「中に…入らないかい?」

 ハレは──少し懲りない男になることにした。
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