アリスズc

「でも…お父さんに…」

 コーが、言い淀む。

 言葉を愛する彼女が言い淀むということは、心が言い淀ませているということ。

 入りたい気持ちは、きっとあるのだろう。

「じゃあ、お父さんと直接話をしよう」

 彼女が、後でトーに怒られてはかわいそうだ。

 それなら、直接彼に言えばいい。

「トーを呼べる?」

 問いかけであったが、それはどこか確信だった。

 きっと、それくらい彼らは出来るに違いないと。

 コクリと、コーが頷く。

「呼んでくれないかい?」

 彼女は少し戸惑った後、くるりと外を向いた。

 バルコニーに両手をかけ、身体に力を込めたのが分かる。

「───」

 空気を。

 空気を、大きくたわませるだけの振動。

 音にならないうねりのようなものを、ハレは見た気がした。

 少し待った後。

 コーが、こちらを振り返る。

「もうすぐ…来るみたい」

 落ち着かない表情を、ハレに見せる。

「心配しなくていいよ。大丈夫だから」

「心配してないけど…何だかちょっと…恥ずかしい」

 ぽぉと、はにかむコーの真後ろ──バルコニーの手すりの上に、トーが立っていた。

 おかげでハレは、可愛らしい彼女の姿を噛みしめることも出来なかったのだ。

「久しぶりだね、トー」

 手すりから降り、コーの横に立つ彼に声をかける。

 成人の祭り以来だろうか。

「ああ…」

 相変わらず、静かでよく通る声。

 祭りの間中、その声で歌ってくれた。

「コーを、今後私の部屋に入れたいのだが、許可をもらえないだろうか?」

 真正面からの問いに、しばらく彼は沈黙した。

 ちらりと、コーを横目に見る。

 そして。

 こう言った。

「まだ早い」
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