アリスズc

 コーは、頬を赤らめた後、何か考えるように首を傾けた。

 ふと、胸の隙間に風が吹く。

 言葉にしがたい何かが、駆け抜けてゆく。

「ハレイルーシュリクス…」

 彼女は、自分を向き直った。

 自分がコーに求婚したさっきのように、まっすぐと。

「私は、ハレイルーシュリクスの子どもが産みたい」

 何と。

 動物的な答えなのか。

 ハレが、面食らってしまうほど、分かりやすい求愛の言葉。

 だが、同時に──いま、二人の間でずれているものが何なのかに気がついた。

「でも…結婚というものは必要じゃない」

 それが、困った眉と言葉によって証明される。

 ああ。

 そうか、と。

 ハレが彼女にしたのは、求婚。

 彼女が自分にしたのは、求愛。

 求婚の中に愛は含まれているが、求愛の中に婚姻はなかった。

 制度としての結婚を、彼女は学んだ。

 しかし、それを必要としているのは人の社会だけだ。

 動物たちは、それぞれの動物たちの基準で愛を決める。

 一度限りで終わるもの、長く続くもの。

 彼らは、制度に捕らわれることなどない。

 コーも。

 ひいては、おそらくトーも。

 婚姻というただの制度に、何の思いも見いだせないでいるのだろう。

 求婚が彼らにとっては無意味なのだと、ハレは今日初めて気づいた。

 籠に入らない月。

 たとえ入れられたとしても、その身を消すほど細くして、籠の隙間からいつか出て行ってしまう。

 最初の考えが、間違っていたのだ。

「言い直すよ」

 ハレは、一歩進み出た。

 そして、コーの両手を軽く握る。

「私はコーに、恋焦がれているよ」

 夜空の月の下。

 ハレは、彼女に求愛した。
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