アリスズc

「無罪放免?」

 オリフレアは、おかしそうに笑った。

「ハレなら分からないこともないけど、よりにもよってテルが?」

 間近から顔を覗かれるほど、彼女にとっては信じられないことのようだった。

 港町を実質牛耳っていた、飛脚問屋の女主人。

 キクの家にいる、火傷の女だ。

 ヤイクには散々抵抗されたが、テルは未来への投資をしたつもりだった。

「完全な無罪放免じゃない」

 紐つきだ。

 テルはキクだけでいいと思ったが、彼の忠実なる部下はウメまでそこに押し込めた。

 要するに、自然に彼女の知識が、この国のために流れ出るための布石だ。

 ヤイクは、ウメをとにかく評価している。

 だから、彼女から効率的に知識を吸い上げられると思っただろう。

 だが、テルはもっと別の形で使うつもりだった。

「いま、ハレに仕事を頼んでいる」

 各町の寺子屋から、優秀な人材を推薦で集め、放り込む学問専門の町。

 学と技術の底上げを図る。

 異国の足音が近付いているのに、のんびり国内のことだけをやっている場合ではない。

「最終的には…ロジアという女も、そこへ放り込むつもりだ」

 学問に渇望する若者に、もみくちゃにされ、すべて吸い取られるといい。

 彼女は、港町で子どもや若者を必死に育てていたという。

 祖父からの手紙には、何かをしていないと死んでしまうような女だと書かれていた。

 長い間、じっとしていられるわけがない。

 後は、身を持て余した彼女に、機会を与えればいい。

「何だ…無罪にしたけど、放免じゃないのね」

 相変わらず、意地の悪い男だわ。

「人材が足りてない。俺の駒になるなら、異国人でも何でも使うさ」

 一連の出来事を、全てテルの手駒で済ませたからこそ出来る技だった。

 父の賢者など噛ませた日には、別の意味ですりつぶされて牢獄行きだろう。

 テルは、それだけは避けたかったのだ。

 そう遠くなく来る自分の時代のため、彼はいま基礎の石を積んでいる。

 その石に、異国人だの月の人間だのが混じろうとも、崩れないよう強固に噛み合わせるだけだ。

 彼女の産む、次代の太陽のためにも。
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