アリスズc

「会いたければ…テルの許可でも取ってくるといい」

 キクは、人の悪い笑みを浮かべる。

 どこから情報を仕入れたかは知らないが、天の賢者がテルと話をしたとはとても思えない。

 それには、エンチェルクも同感だった。

 でなければ、無罪放免なんてありえない結論を出せるはずはないのだから。

 勿論、賢者の甥であるヤイクがしゃべったとも、絶対に思わない。

 たとえ血縁であろうとも、彼がテルを裏切るはずはない。

 そんなことをするくらいなら、最初から無罪放免を引き受けてくることなどありえないのだ。

 あの旅で。

 ヤイクは、テルに忠誠を誓った。

 その瞬間、親戚だろうが何だろうが、彼にとっての最上はかの君になったのである。

「いいか、奥方。私は賢者だ。この国のまつりごとを担うものだ。殿下が何とおっしゃろうが、私達がしようとしていることの邪魔は出来ない」

 唾を飛ばさんばかりに、天の賢者はキクへと詰め寄る。

 そんな険悪な二人の間に。

「…すまないが、今日はお引き取り願おう」

 大きな男の身体が、入った。

 武の、賢者。

「武の賢者殿…賢者でありながら、邪魔立てするのか?」

 厳しい声。

 同じ賢者でありながらも、二人の本当の身分は天地ほどに違う。

 それを、思い知らせるような声だと思った。

「お話なら、明日我が君の前で伺う」

 静かで、強い言葉。

 最初から、この二人に貴族や賢者の力など、見せたところで通じるわけなどないのだ。

「……では、そうすることとしよう」

 腹立たしい気持ちを隠すことなく言葉に乗せ、天の賢者は踵を返した。

 つき従った者たちが、慌てて贈り物の箱だけを置いて去ってゆく。

「あいつの言葉は…適当に聞き流していいぞ」

 キクが、自分の目の前に立つ男の背中を、軽くぽんと叩いた。

 この二人は本当に──心が強い。
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