アリスズc

いとこ


 桃とリリューとテテラの旅路は、穏やかなものになるはずだった。

 少なくとも、自分と従兄が二人いれば、何の心配もないと思っていたのだ。

 だが、忘れていた。

 あの男の存在を。

「テテラフーイースル!」

「あら、イーザス」

 前者の声は殺気立ったもので、後者の声は柔らかな驚きに包まれていた。

 警戒したのか、ハチは脇の茂みに飛び込んで身を隠してしまう。

 テテラを愛する狂気的な男──イーザス。

 なでつけていた黒髪は、ぐしゃぐしゃに乱れ、目の下はクマで真っ黒だ。

 彼女が都へ旅立ったと聞いて、何日も寝ずに追いかけてきたように見える。

 だが、疲労よりもたっぷりの怒りと殺意を、あらわにしていた。

 テテラを背負っているリリューが、横目で彼を注意深く見る。

「彼女を離せ」

 彼にしてみれば、リリューと桃は愛するテテラをさらった犯人というところだろう。

「イーザス、何を怒っているの? 手紙にも書いていたでしょう?」

 尋常じゃない様子に、テテラが割って入る。

「都へ行きたいなら、俺が連れて行ってやる」

 彼女の望むことであれば、何でもやりたかったのか。

 いま、その場所にリリューがいることが、どうしても許せないようだ。

「私はね…」

 ささくれだった痛い空気の中。

 テテラの声は、とてもとても静かに感じた。

「私はね…大事にいたわられたいわけじゃないの」

 ふと。

 桃の頭の中に、母がよぎった。

 身体の弱い母は、自分の身体と徹底的に向き合い、付き合っていた。

 逆に言えば、自分の動ける限界線を、しっかりと把握している人でもある。

 テテラもまた、自分ができることの果ての線を見た人なのだろう。

 リリューに背負われるのも自分のつとめ。

 足が弱り過ぎないように時折歩くのもまた、自分のつとめなのだと。

 自己完結型の管理をしている彼女には、イーザスの愛は強く甘すぎるのだろう。

 テテラの言葉に、まさに彼は苦悶の表情を浮かべた。

「…愛する人をいたわって、何が悪い」

 恋にのたうつ──男がひとり。
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