アリスズc
∞
すぐに爆発して、周囲に危害を加えそうになるイーザスを、最後の一瞬で止めるのはテテラだった。
その代わり、殺意に満ち溢れた視線を、日々向けられる羽目となる。
ハチに至っては、絶対に彼には近づこうとしなかった。
「何故、薄暗くなると進むのをやめる? もう少し進めるはずだ」
都へ戻るのに、それほど急ぐ必要はないというのに、とにかく一秒でも早く彼らと別れたいかのようにイーザスが言い放つ。
本当のことを告白すれば、空から降りて休もうとする鳥目のソーを、焼き鳥にしかねない勢いだ。
さて、どうしようと思っていたら、助け船が出た。
「私がお願いしたのよ。一生で、何度も出来ない旅だから、ゆっくり行って欲しいって」
下ろしてちょうだいと、テテラが言う。
「テテラフーイースル…旅なんて楽しむものじゃあない。辛いだけだ」
彼女に向ける声は信じられないほど優しく、しかし、限りなく深い悲しみに満ちたものだった。
母にすがって涙を浮かべる子どものように、地に下ろした彼女の手をぎゅうっと握って訴えるのだ。
恐ろしいほど、激しく動く喜怒哀楽。
テテラに対する豹変ぶりには、毎回驚かされはするが、彼のその言葉には、海よりも深い実感がこもっていた。
「イーザス…あなたは辛い旅をしたのね」
手を握り返しながら見つめる彼女の瞳は、悲しげだった。
「でも…それなら何故、あなたは町に腰を落ち着けなかったの?」
テテラの問いは、おそらく痛いものだっただろう。
この男の性質を考えれば、本来であればテテラの側を離れずに、あの町で生活していてもおかしくないはず。
だが、イーザスは町を離れなければならなかったのだ。
祖国から命じられた仕事のために。
「痛いわ、イーザス」
言われるまで、気づきもしなかったのだろう。
彼にとっては、誰よりも大事な彼女の細い指を、折らんばかりに強く握りしめていたことを。
桃は、ひとつ思い出した。
ロジアのことだ。
彼女は、港町の人間全てを人質に取られていた。
では、このイーザスは。
彼は──誰を人質に取られていたのだろう。
すぐに爆発して、周囲に危害を加えそうになるイーザスを、最後の一瞬で止めるのはテテラだった。
その代わり、殺意に満ち溢れた視線を、日々向けられる羽目となる。
ハチに至っては、絶対に彼には近づこうとしなかった。
「何故、薄暗くなると進むのをやめる? もう少し進めるはずだ」
都へ戻るのに、それほど急ぐ必要はないというのに、とにかく一秒でも早く彼らと別れたいかのようにイーザスが言い放つ。
本当のことを告白すれば、空から降りて休もうとする鳥目のソーを、焼き鳥にしかねない勢いだ。
さて、どうしようと思っていたら、助け船が出た。
「私がお願いしたのよ。一生で、何度も出来ない旅だから、ゆっくり行って欲しいって」
下ろしてちょうだいと、テテラが言う。
「テテラフーイースル…旅なんて楽しむものじゃあない。辛いだけだ」
彼女に向ける声は信じられないほど優しく、しかし、限りなく深い悲しみに満ちたものだった。
母にすがって涙を浮かべる子どものように、地に下ろした彼女の手をぎゅうっと握って訴えるのだ。
恐ろしいほど、激しく動く喜怒哀楽。
テテラに対する豹変ぶりには、毎回驚かされはするが、彼のその言葉には、海よりも深い実感がこもっていた。
「イーザス…あなたは辛い旅をしたのね」
手を握り返しながら見つめる彼女の瞳は、悲しげだった。
「でも…それなら何故、あなたは町に腰を落ち着けなかったの?」
テテラの問いは、おそらく痛いものだっただろう。
この男の性質を考えれば、本来であればテテラの側を離れずに、あの町で生活していてもおかしくないはず。
だが、イーザスは町を離れなければならなかったのだ。
祖国から命じられた仕事のために。
「痛いわ、イーザス」
言われるまで、気づきもしなかったのだろう。
彼にとっては、誰よりも大事な彼女の細い指を、折らんばかりに強く握りしめていたことを。
桃は、ひとつ思い出した。
ロジアのことだ。
彼女は、港町の人間全てを人質に取られていた。
では、このイーザスは。
彼は──誰を人質に取られていたのだろう。