アリスズc

 すぐに爆発して、周囲に危害を加えそうになるイーザスを、最後の一瞬で止めるのはテテラだった。

 その代わり、殺意に満ち溢れた視線を、日々向けられる羽目となる。

 ハチに至っては、絶対に彼には近づこうとしなかった。

「何故、薄暗くなると進むのをやめる? もう少し進めるはずだ」

 都へ戻るのに、それほど急ぐ必要はないというのに、とにかく一秒でも早く彼らと別れたいかのようにイーザスが言い放つ。

 本当のことを告白すれば、空から降りて休もうとする鳥目のソーを、焼き鳥にしかねない勢いだ。

 さて、どうしようと思っていたら、助け船が出た。

「私がお願いしたのよ。一生で、何度も出来ない旅だから、ゆっくり行って欲しいって」

 下ろしてちょうだいと、テテラが言う。

「テテラフーイースル…旅なんて楽しむものじゃあない。辛いだけだ」

 彼女に向ける声は信じられないほど優しく、しかし、限りなく深い悲しみに満ちたものだった。

 母にすがって涙を浮かべる子どものように、地に下ろした彼女の手をぎゅうっと握って訴えるのだ。

 恐ろしいほど、激しく動く喜怒哀楽。

 テテラに対する豹変ぶりには、毎回驚かされはするが、彼のその言葉には、海よりも深い実感がこもっていた。

「イーザス…あなたは辛い旅をしたのね」

 手を握り返しながら見つめる彼女の瞳は、悲しげだった。

「でも…それなら何故、あなたは町に腰を落ち着けなかったの?」

 テテラの問いは、おそらく痛いものだっただろう。

 この男の性質を考えれば、本来であればテテラの側を離れずに、あの町で生活していてもおかしくないはず。

 だが、イーザスは町を離れなければならなかったのだ。

 祖国から命じられた仕事のために。

「痛いわ、イーザス」

 言われるまで、気づきもしなかったのだろう。

 彼にとっては、誰よりも大事な彼女の細い指を、折らんばかりに強く握りしめていたことを。

 桃は、ひとつ思い出した。

 ロジアのことだ。

 彼女は、港町の人間全てを人質に取られていた。

 では、このイーザスは。

 彼は──誰を人質に取られていたのだろう。
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