アリスズc

「シェローにいさん!」

 停止しようとする荷馬車へ、桃は駆け寄った。

「モモ、無事か。よかったよかった」

 身軽に御者台を飛び降りてくるシェローは、彼女の身を確かめるように軽く肩や背を叩いた。

 その後、ぐるりと旅の一行を見渡す。

「リリューも無事で何よりだ」

「ありがとうございます」

 男同士らしい挨拶が交わされている中、桃はふと他の人の気配を感じ、荷馬車の方を見た。

 後ろから、誰かが降りてくる気配があったのだ。

「ああ、そうそう」

 シェローが振り返る。

「俺は、役所の仕事でこの先の町に行くところだったんだが、乗せてくれって頼まれてな」

 客人だ。

 後方から現れたのは。

「………!」

 桃は、驚きのあまり声を失ってしまった。

 目を大きく見開いて、見間違いではないか確認してしまう。

「突然、訪問してすまない」

 桃が見上げるほどの高い背。

 長い手足。

 彼の名は──エインライトーリシュト。

 テイタッドレックの後継者。

 桃の、ひとつ下の弟。

「なっ…どうし…ここに!?」

 焦るあまり、言葉がひっからまる。

「父の許可が出たので、剣術の修行に来た」

 少し会わない間に、前よりも随分大人びて見える。

 剣術の修行。

 そういえば、イエンタラスー夫人の屋敷で、都に来るように桃も勧めたではないか。

「あ…うん…そう」

 心の準備が出来ないまま、こんな旅路で再会したため、桃はどうにも調子が狂ってしまった。

 そんなエインが。

 桃ではなく、リリューの方を向き直る。

「リリュールーセンタス…あなたの客人は…都で待ってます」

 従兄の客。

 とっさに桃は──誰のことかわからなかった。
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