アリスズc

「珍しいな、リリュールーセンタスの間抜けな顔なんて、滅多に拝めないぞ」

 テルは、入ってきた男を見て愉快に思った。

 一瞬だけ、リリューは事情を理解できずに、呆然とした顔をしたのだ。

 この、静かな男が。

「客人が、こんなむさくるしい男二人だと、思ってもみなかったのでしょうな。愛しい彼女ではなくて、失礼した」

 ヤイクは、ニヤニヤと笑っている。

 暇つぶしの話の種で聞いたが、いまこの屋敷には、リリューを訪ねて女性が来ているという。

 てっきり、その女性と勘違いして飛び込んできたのだろう。

 リリューは、すぐに表情を正した。

 しかし、さっきの顔を見てしまったテルにとっては、そんな取り澄ました顔さえ滑稽に見える。

 どんな男であっても、やはり女には心乱されるものなのだ。

「エンチェルクから、遣いが来てな。気になることもあったから、直接話を聞こうと思って訪ねたところだ」

 後方から応接室に入り、扉を閉めるエンチェルク。

 リリューは、そんな彼女をちらりと見やった。

 ようやく、彼らが来た理由が分かったのだろう。

「いまは、都のどこかにいるはずです」

 リリューは、テテラという女性の話を絡めて短く説明した。

 その男も、女に入れあげて運命を変えたようだ。

「逆に言えば、イーザスという男はしばらく都にいるわけか」

 テルは、ヤイクに視線を向けた。

「すぐに、監視をつけましょう」

 撃てば響くとは、このことだ。

 幸い、テルの兄弟子でもあり、軍令府のシェローハッシュが、イーザスの顔を見ているという。

 彼が遣いから戻ってくれば、すぐに監視の手配は済むだろう。

 それらが済んで。

 テルは、リリューの方を改めて向き直った。

「さあ、お前の見た異国人の話を聞かせてくれ」

 これを、テルは聞きに来たのだ。

 彼は、全てのことを直接見聞きすることは出来ない。

 出来るだけ生に近い情報を、実際に体験した人間から聞くことによって、血肉にしようと思ったのだ。

 それが──自分の務めのひとつ。
< 460 / 580 >

この作品をシェア

pagetop