アリスズc

 テルに解放されたのは、もはやほとんど真夜中のことだった。

 リリューは、ふぅと吐息をついて見送りを終え、玄関を離れた。

 母は見送りにも出てこなかったので、既に寝ているのだろう。

 相変わらずだ。

 エンチェルクも、小さなため息をついている。

 彼女も、気苦労が絶えないだろう。

 ロジアを抱えている上に、イーザスという問題の種を持ち込んだのだから。

 しかし、エンチェルクは、誰かにぶつぶつと不平不満を言い並べる人ではない。

 それらを胸の内にしまって、静かに自室へと戻って行った。

 リリューも、自室に戻るべきだ。

 もはや、女性を訪ねる時間ではないし、みっつある客間のどの部屋に彼女がいるか、聞きそびれたため知る由もない。

 なかなか、縁がないものだな。

 同じ屋敷にいるというのに、彼女と顔を合わせることも、ままならない。

 不作法をするわけにもいかず、もうひとつため息をついて、リリューは自室へ戻ろうとした。

 いつものように階段を上がり、いつものように自分の部屋の扉の前に立つ。

 官舎であるため、父がここに住む前から使われていた家だ。

 何もかもに年季が入っていて、扉の取っ手もノッカーも、多くの人の手によって使いこまれた跡が残っている。

 慣れ親しんだ、久しぶりの自室。

 リリューは、扉を開けた。

 ふわりと。

 ほの温かい温度と、柔らかく静かな気配が鼻先に届いて、彼は一瞬時を止めた。

 見知った自室に、見知らぬ誰かがいるのが分かったのだ。

 部屋は、彼が帰ることを見越してか、いくつもの燭台に火がともされて、それなりに明るく照らされている。

 しかし、そんな視界でさえ、人の姿を見つけられない。

 リリューは、足早に中に入った。

 彼の視線が、ソファの背もたれを越えた時。

 ソファに倒れ込むようにして、眠っている人間がひとり。

 驚きと安堵に、同時に襲われるという矛盾の渦のなか、茫然と彼はその人を見た。

 知る限りの誰よりも真っ白な肌と、ふくよかなその身にあせた灰色の髪。

 見間違うはずがない。

『彼女』だ。

 問題は──何故、彼の部屋で寝ているか、だ。
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