アリスズc

「こんばんは…」

 何と、挨拶すればよかったのだろうか。

 リリューは、よく分からずに、とりあえずそう声をかけた。

 次の瞬間。

 彼女の目は、信じられないほど大きく見開き、大きくソファを弾ませて玉のように跳び起きた。

 真っ白い肌が、一瞬にして真っ赤にゆで上がり、落ち着かない指が髪や顔に触れて整えようとする。

 その目は。

 とても、リリューの方を見ていられないように、斜め下に逃げ切ったまま。

「あっ、あなたのお母様がっ…待つなら…ここでって…その…あの」

 動悸がおさえられない弾む声は、うまく舌が回らないまま、言い訳を並べようとする。

 ああ、母か。

 大体、予想は出来ていた。

 母なら、このくらいのことはやりかねないと、納得するだけだ。

 今夜は、もう彼女に会うことは出来ないと思っていたから、リリューにしてみれば母のお節介をとやかく言うつもりはなかった。

「あの…私…わたし……」

 落ち着かない言葉は空回りするばかり。

 こんな再会を、予定していなかったのはお互い様だ。

 もっときちんと、心の準備を伴って出会うはずだった。

 首まで赤くして恥じる彼女の姿は、そのふくよかな身とは正反対に小さく見える。

 ここまできて。

 何を焦る必要があろうか。

 彼女の慌てぶりが、逆にリリューを落ちつかせた。

 大きくひとつ息を吸う。

「リリュールーセンタスという」

 出来るだけ、静かに言葉を並べてみた。

 どうせ、気のきいた言葉など、自分に言えるはずがない。

 それならば、とりあえず事実を並べていくことにしたのだ。

「え?」

 面喰ったように、彼女が一瞬だけリリューを見た。

「私の名前だ。リリュールーセンタス」

 もう一度言うと、彼女は赤い顔を下に向けながら、むにゃむにゃと何か言いかけて。

 キッと顔を上げた。

 決死の勇気を振り絞った表情というのは、こういう顔なのだろう。

「わた…私…レチガークアークルムム」

 この名を知るまで── 一体どれほどかかっただろうか。
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